スタッフコラム

京都で家を建てる(40)築95年の古民家をリノベーションして「まちをつなぐ」- その2

今回のコラムは、「築95年の古民家をリノベーションして『まちをつなぐ』」の第2回となります(前回のコラムはこちら)。今後、需要が高まることが予想される古民家改修や住宅改修について、その手順や留意点をできるだけわかりやすくお伝えしていこうと考え、工事の時系列順にレポートしています。

断熱改修の必要性について

第2回である今回は、主に断熱改修についてお伝えします。現在の新築住宅では、屋根(天井)、壁、床(基礎)に断熱材を充填し、断熱性能を高めるのが標準的な工法です。その背景には、1970年代の「オイルショック」があります。原油価格の高騰を受け、暖房に使用するエネルギーを削減しようと、1980年に「住宅にかかる省エネ基準(旧省エネ基準)」が制定されました。そこで定められた住宅の断熱性能の基準をクリアするために、断熱工法や断熱材が開発され、進化することになりました。

つまり、日本においては住宅の新築時に断熱施工が義務化され一般的になったのは、40数年前ということになります。それ以前の民家は、無断熱のものが数多くありました。また、旧省エネ基準で求められる断熱性能は、現在の省エネルギー基準よりずっと低く、また、断熱施工の不備により思うような性能が発揮できなかったり、通気の不備により建物が腐朽するといった事故もありました。

また、断熱性能を高めることは、省エネ目的だけではありません。近年、室温と健康との関係がクローズアップされています。特に、暖房により暖かくなった居間から無暖房で寒い脱衣所やトイレなどへ移動することにより、温度の変化で血圧が急激に変化する「ヒートショック」は深刻です。これが原因で、毎年多くの方がお亡くなりになっているのです。もしも、十分に高断熱化された住宅であれば、ヒートショックによる事故のいくつかは防げたと考えられます。

以上のような歴史背景や理由から、私たちが改修に携わる古民家や住宅は、ほぼ全てについて断熱改修が必要となってきます。しかし、リフォーム会社などの中には、内装にだけ手を加え、断熱改修をおこなわないところも多数あります。しかしこれでは、内装や水回り設備はきれいになっても、冬は室内にいても吐く息が白くなる、劣悪な環境は改善されぬままとなります。また、ヒートショックのリスクもなおざりになってしまいます。

古民家ならではの断熱改修の工夫

古民家や築年数の経った住宅の断熱改修をおこなうにあたって最大にネックになるのが、「壁の厚さ」、すなわち内壁と外壁との間の空間です。現在の新築住宅は、壁の中に断熱材を充填するのが基本となっているため、壁の厚さもそれを見込んだものとなっています。しかし、古い住宅は元々無断熱であったため、その分の厚さがありません。また、壁が土壁の住宅も多数あります。そのような状況の中で、どうやって断熱改修をおこなうか? が、設計・施工の両チームにとっての課題となります。

今回の改修も例に漏れず、間柱(内側の壁を支えるための柱と柱の間にある小柱)が細く、内壁と外壁の間に十分な空間がありませんでした。また、土壁が使われています。一般的に断熱材として使われるグラスウールを詰める施工では、十分な断熱性能を得られそうにありません。そこで私たちが採用したのが、「フォームライト・エコEB」という、高性能吹付け硬質ウレタンフォーム断熱材です。これは、壁の内側にスプレーで吹き付けた液体が自然に発泡してホイップクリーム状になり、さらにこれが短時間でカチカチに硬化することで、発泡スチロールのような断熱材となります。中に含まれた細かな空気層が、ダウンジャケットのように断熱効果を発揮してくれます。

岡崎改修_透湿防水シートの施工

土壁の上から透湿防水シートを施工します

岡崎改修_フォームライト・エコEBの施工

透湿防水シートの上にフォームライト・エコEBをすき間なく施工します

岡崎改修_フォームライト・エコEBの施工

発泡して硬化したフォームライト・エコEB

吹付け硬質ウレタンフォームは、いくつかのメーカーから複数の商品が発売されています。その中から「フォームライト・エコEB」を採用したのは、「厚さ」が理由です。前述したように、建物の壁厚が薄いのが課題でした。その薄い空間でも断熱性能を十分に発揮してもらう必要があります。その点、「フォームライト・エコEB」は、およそ30ミリの厚さで目標とする断熱性能を得られることが、メーカーの説明によりわかったのです。また、グラスウールによる断熱施工は大工工事で長期間を要する場合がありますが、「フォームライト・エコEB」の吹付け作業は専門の断熱施工業者により短期間で終了するため、他の工程との干渉をあまり気にしなくて済むのもメリットといえます。

建物の耐久性を考えると通気層が必要

建物の内側は、下地の上に「フォームライト・エコEB」を施工し、さらに内側に壁を設けます。この壁を、最終的には左官仕上げをすることで、内装は完成します。一方、外壁は雨風の影響などを考慮する必要があります。そのための施工は、内側から順に以下のようになります。

(1)構造用合板
外壁のベースとなる丈夫な構造用合板を取り付けます。ベースとしてだけでなく、建物に強度を与える役割も担います。

(2)透湿性防水シート
合板の上に透湿性の防水シートを隙間なく貼ります。シートは、外からの雨水の侵入を防ぎます。一方で、室内の水蒸気は透過し外に排出されます。

(3)通気層
「胴縁(どうぶち)」と呼ばれる角材状の下地部材を等間隔に設置し、その上に外壁仕上げの下地となる合板を取り付けることで、外装仕上げ材と構造躯体の間に空気が流れる「通気層」を設けます。

岡崎改修_外壁通気層工事

(4)下地
外壁仕上げの下地となる合板です。建物の仕様によっては、無塗装のサイディング材を使用する場合もあります。

(5)防水下地シート(モルタルラミテクト)
透湿性と防水性を備えたシートを下地の上に貼ります。雨の浸透を防ぎつつ壁の中の湿気を逃がすので、結露による壁の腐朽を防ぎます。

(6)ラス
下塗りの下地となる金属性のメッシュを、モルタルラミテクトの上に貼ります。メッシュは下地材が絡みついて落ちにくくする役割があります。

岡崎改修_外壁工事ラスの施工

(7)下塗り
ラスの上から下塗り用のモルタルを塗っていきます。モルタルは、古くから住宅の外壁として使われてきた素材です。

岡崎改修_外壁工事_モルタルの施工

(8)コテ塗仕上げ/吹付仕上げ
しごきすぎず、厚塗りにならないように注意しながらコテを使用して仕上げていきます。吹付仕上げは、モルタルの上から専用のスプレーガンで吹付け仕上げをおこないます。材料や工法の選択により、表面の質感を変えることもできます。

岡崎改修_外壁仕上げ

以上のように、材料を何層も重ねることにより、雨水の侵入による劣化や腐朽を防ぎ、また壁内の水蒸気を放出するようにします。中でも大切なのが「通気層」を設けることです。通気層は、壁の内部の空気の通り道で、壁の中に溜まった湿気を放出させ乾燥した状態にする役割を担います。壁の中に発生する水分は雨水の侵入によるものだけではありません。建物の内部の冷暖房と外気温との温度差により、空気中の水蒸気が壁の内部で結露することもあるのです。

もし、この湿気が放出されずに壁の中に留まると、それがやがてカビの原因になり、さらに進行すると柱や壁を腐朽させることへとつながります。そのため、「通気層」を設けることは、現在の高断熱仕様の住宅建築では必須となっています。木造住宅を長持ちさせるには、湿気をいかに排出し、建物を乾燥した状態に保てるかがポイントとなります。

築95年の家の改修に最新の断熱材や通気工法を取り入れるといった、建築知識や工法を自在に用いられるのは、京町家や古民家の改修と並行して最新の高断熱高気密住宅の建築も手掛ける中藏だからこそできることと自負しています。古い京町家や古民家であろうと、再生するからには、新築住宅と同じように耐震や耐久性、また温熱環境について安全・安心・快適でなければなりません。「古い京町家や古民家だから、元々の状態に戻す」のではなく、「本質的なものを大切にしながら、新しく変化を重ねているものも積極的に取り入れていく」。私たちが古民家改修などと向き合ったとき、常に心がけていることです。

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外壁の仕上げが完了すれば、周囲の足場が解体され、建物の全容が見えてきます。また、内部の仕上げや設置する建具や家具の制作もはじまります。次回のコラムでは、左官作業を中心とした古民家改修のレポート、また完成した姿をご紹介します。

岡崎改修_工事中の外観