スタッフコラム

京町家のある町並みを残していくために中藏がすべきこと〈西陣・O様邸を事例に〉

西陣・O様邸の中庭

京都には「京町家」と言われる独特の住宅があります。主に江戸時代から明治、大正、昭和初期にかけて建てられ、商家や職人の住居兼店舗として使われてきた、京都の伝統的な木造の町家建築です。間口が狭く奥行きが深い「うなぎの寝床」と呼ばれる形状が特徴で、通りに面した1階が店舗や作業場として使われ、それ以外が住居となります。

京都の地に生まれ100年以上にわたり住まいやまちづくりに携わってきた中藏は、京町家が軒を連ねることで特徴的な景観を形成してきた京都の町並みを次世代へ引き継いでいきたいと考え、京町家をさまざまな形で存続させていくことに尽力をしています。一棟貸しの京町家旅館「藏や」もその一つです。また、相続された京町家を耐震・断熱リフォームなどにより、快適な住宅として蘇らせるサポートなども行っています。

しかし、個人所有の京町家の多くは、老朽化した箇所の改修や維持管理の大変さから仕方なく解体されているのが現実です。その理由はさまざまですが、そのひとつとして、京町家を残していくプロセスが仕組み化されておらず、持ち主の努力によって打開していかなければならないことにあると考えられます。

今回ご紹介をするのは、相続された上京区西陣の機業工房兼住居を存続されるために、中藏にご相談をいただいたO様のお話です。O様は、存続の手段を見つけるためあらゆる可能性を模索し、その中でサポートする工務店として中藏にもお声がけをいただきました。ここからはインタビュー形式でご紹介をしたいと思います。

聞き手:この建物の概略を教えていただけますか?

O様:西陣織の工房兼住宅として建てられました。築90〜100年が経過しています。敷地は間口が約9メートルで奥行きは約36メートルの南北に長い形状です。建物の延床面積は1階と2階を合わせて約330平米(100坪)です。通りから見て建物の右側が西陣織の工房として使われていました。また、敷地の一番北側に8坪ほどの蔵もあります。

聞き手:相続された経緯について教えていただけますか?

O様:西陣織の工房として私の父の代まで4代続きましたが、私は跡を継がず会社勤めをして東京で暮らしていました。工房は昭和から平成になる頃に廃業し、その後は父母の住居として使われていました。令和2年に父親が亡くなったことにより、きょうだい3人で相続する財産のひとつとしてこの家を引き継ぎました。

聞き手:築100年近くを経過した住宅なので、維持管理をしていく大変さはあらかじめ予想されたかと思います。また、上京区で100坪を超える土地です。建物ごと売却することも考えられたと思うのですが、相続して残そうと思われた理由はどのようなことでしょう?

O様:私は18歳までこの家に暮らしており大学進学とともに離れましたが、私が子供の頃(昭和30年代)は、西陣織の景気もよく、この西陣界隈もたいへん賑わっていました。今もこの家を見ると当時の活況が蘇ってきます。そんな思い出の詰まった家を取り壊すことに抵抗を感じたのがいちばんの理由です。

聞き手:とはいえ敷地も広く、大きな建物です。簡単にはいかなかったのでは?

O様:相続税は私が払いました。相続対策をしていなかったこともありかなりの額でした。そのような支出を理解をしてくれた家族には感謝をしています。さらに、その先も固定資産税や火災・地震保険を支払っていかなければなりません。また、老朽化した箇所のメンテナンス費用もかかります。それらの費用をどう捻出するかが課題となりました。

聞き手:課題を解決するために、どのようなことをされたのですか?

O様:「どうやったら残していけるか?」を考え、一年半近くあちこちを駆けずり回りました。その中で、京都府商工労働観光部ものづくり振興課にも相談しました。そこでマッチングをさせていただいたスタートアップ企業に建物の一部をオフィスとしてテナント貸しすることで、家賃収入が得られることになりました。さらに、京都市の歴史的建造物や町並み景観の継承を担当する、京都市 都市計画局 都市景観部 景観政策課のご紹介もいただきました。

聞き手:そのタイミングで中藏にもお声がけをいただいた訳ですね?

O様:改修をするにあたって「どうしたいか? それにはいくらかかるか?」を具体的な資料としてまとめる必要があり、自宅近所の工務店さんに相談をしました。そして、京町家の改修を多く手掛ける工務店のひとつとして紹介いただいたのが中藏さんでした。さっそく調査をしてもらい、老朽化して補修が必要な箇所をリストアップしてもらいました。

また、第三者機関による限界耐力計算による耐震診断も行いました。限界耐力計算とは、建築構造が外力を受けた時の変形を計算し、それに基づいて構造の耐力を検証する方法で、伝統建築の耐震診断に適した方法だそうです。幸いにも、大掛かりな耐震補強の必要は無しとの診断結果がでました。

聞き手:具体的にはどのような方針を考えられましたか?

O様:資金的には「京都市歴史的風致形成建造物補助金」や「個別指定京町家維持修繕補助金」などの補助を得ながら段階的に改修を進めることになりました。補助金にも、私の持ち出し分にも上限があるためです。中藏さんと検討の結果、建物全体を5つのブロックに分け、また途中2回の細かな修繕も含む計7期にわたる工事により、建物全体を改修するプランを策定しました。

聞き手:現在はどのような段階ですか?

O様:1期工事である、母屋の大屋根上段と中庭屋根部分の改修が完了した段階です。雨漏りが最もひどかった部分なので、早急な対応が必要でした。2期工事では、母屋の大屋根下段と樋の改修、その後、建物奥に向かって順に改修を進めていく計画です。

【写真:屋根の改修】

まだ改修中の過程ではありますが、「京都モダン建築祭」に参加して多くの方に見学してもらったり、国内だけでなく海外の方からも見学希望の連絡をいただいてます。そのたびに、京都の伝統文化に培われたこの家を残して良かったなと、あらためて感じます。

聞き手:まだまだ先がある計画ですが、ここまでご経験してきたご感想をお聞かせいただけますか?

O様:相続も含めてはじめてのことなので、たいへんだったというのが正直な感想です。それに加えて、京町家を残していくためには「持ち主のマインドが大切」だと感じました。「受け継ぐ人の覚悟」と言っても良いかもしれません。

さまざまな人や窓口と相談する手間や、足しげく通う根気が必要です。補助金の申請書を仕上げるだけでもかなりの労力を要します。そのために、京都府の「よろず支援」で申請書の書き方のレクチャーも受けました。ただし、こちらの熱意が伝われば、行政窓口も親身になって応対をしてくれますから、そこはご安心ください。今回、親身になって相談にのっていただいた、京都市 都市計画局 都市景観部 景観政策課 町並み保全係の方々にはほんとうに感謝しています。

聞き手:補助金交付などをしてくれる行政窓口とスムーズな交渉をする秘訣などはありますか?

O様:ただ相談するのではなく、「どうしたいか? それにはいくらかかるか?」を具体的な資料としてまとめることがポイントだと思います。そのためには、二人三脚で動いてもらえ、ときに融通を利かせてもらえるような工務店さんをパートナーにすることも大切だと思います。

聞き手:すべての改修が完了するのはまだ数年先のことになるかと思います。その間にも、何度か改修の経過をレポートできればと考えています。本日はありがとうございました。

インタビューを終えて

O様邸の改修は、御本人もおっしゃっているように、オーナーの覚悟やマインドにたよる部分が多分にあります。しかし、京町家に現在お住いの方、あるいは相続された方のどなたもがO様と同様のマインドを維持できるかというと、疑問を持たざるを得ません。つまり、オーナー個人のモチベーションに依存するだけでは、京町家は減少の一途をたどってしまうと想像します。

京町家の町並みを残していくためには、京町家を地域の文化的資源として位置づけ、オーナー、認定や補助金の交付を行う自治体、税金の優遇の検討をする国、テナントとしてサポートする企業、融資をする銀行、維持管理をする工務店などが一体となって守っていく仕組みづくりが必要だと思います。

しかし、そのような社会の仕組みが一朝一夕に出来上がることはありません。そのため、京町家のオーナーに最も近い立場である工務店は、さまざまな情報提供をオーナーに行い、京町家を共に守るナビゲートをしていくべきだと考えています。

中藏は、O様との二人三脚などで知り得た知見を社内に蓄積・共有することにより、今後、京町家を残していこうとするお客様を応援します。京町家の維持管理や改修については、何でもご相談ください。

最後になりますが、O様邸の改修にあたり、京都市 都市計画局 都市景観部 景観政策課 町並み保全係、および公益社団法人京都市景観・まちづくりセンターの方々にはさまざまなアドバイスをいただくなど、たいへんお世話になりました。これらの方々とは、これからも継続的に良い関係を保ち、京町家や京都の景観を次の世代に引き継いでいくことに共に尽力したいと考えます。どうぞよろしくお願いいたします。