今回のコラムは、「築95年の古民家を改修して『まちをつなぐ』」の第3回となります(前回のコラムはこちら)。前回につづき、築95年の住宅改修についてその手順や留意点を工事の時系列順にレポートしています。
工事はいよいよ内装の仕上げ、そして完成へと進みます。内装はお客様の目や手に触れる部分ですので、これまでにも増して慎重に作業をすすめます。
壁は左官仕上げにする
前回のコラムでお伝えしましたように、一見すると昔のままの日本家屋のようですが、壁内に高性能吹付け硬質ウレタンフォーム断熱材を施工するなどして、現代の住宅並みの断熱性能を実現しているのがこの邸宅の特徴。そのため、内装壁の左官仕上げもウレタンフォーム断熱材のさらに内側に施工した石膏ボードに対して行うことになります。
(1)パテ埋め
いよいよ内装壁の仕上げに入っていきます。壁は左官仕上げによる塗り壁になります。ただし、いきなり下塗りをするわけではありません。まずは、下地となる石膏ボードの表面を平滑にする必要があります。凸凹になったまま左官仕上げをすると、それが表面まで影響するからです。
ボードの継ぎ目やビスの頭など、凸凹になった部分をていねいにパテ埋めしていきます。特にボードの継ぎ目がそのままだと、将来的に壁のひび割れとして表面に影響を及ぼすことがあるので、隙間を完全に埋めるようにします。
(2)下塗り
石膏ボードの表面を平滑にしたら、次は「下塗り」をおこないます。下塗りは、壁の表面をさらに平滑にするためと、上塗り材の剥がれを防止する、接着性を高める目的があります。
(3)仕上げ
下塗りが乾燥したらいよいよ仕上げにすすみます。ひとえに塗り壁といってもさまざまな種類があります。日本建築に多く使われる「聚楽(じゅらく)壁」、酒蔵や城郭建築などでよく見かける「漆喰壁」、そして和モダン住宅などで多く使われる「珪藻土(けいそうど)」です。今回の改修では、もともと土壁であったこのお宅のイメージもあり、「聚楽壁」で仕上げることになりました。
ところで「聚楽壁」とは、安土桃山時代にここ京都で豊臣秀吉が自身の邸宅として建てた「聚楽第」に由来します。聚楽第の建築の際に、付近で採れる良質な壁土を使って壁を仕上げたもので、使われた土は「聚楽土」と呼ばれました。ただし、都市化のすすんだいまの京都では聚楽土を採取することができないため、同様の施工方法で仕上げられた土壁を総称して聚楽壁と呼ばれています。
今回の改修に用いられた壁土には、色土にヒノキの木粉や珪藻土をまぜることで、品質を安定させたものを使用しました。壁土には素材となる土によってさまざまな色があるため、試し塗りをして、確認をとりながら作業をすすめることになります。
壁土を塗る際には、「すさ」と呼ばれる植物繊維を混ぜます。古民家の土壁を見ると壁土の中に藁が混入しているのをご覧になられたことがあるかと思いますが、これが「すさ」です。すさは、藁以外に、麻や楮(こうぞ)などが使われます。いずれも繊維が強い植物であり、その繊維が土壁の中で強度を発揮して、衝撃などで壁が割れることを防ぎます。
今回使用したすさは、「藁すさ」です。藁すさは、目の粗さを選ぶことができ、私たちが選んだのは「粗目(あらめ)」という、ザックリ感が残るすさです。あえて粗目を使用することで、仕上げ後にも表面にすさが顔をのぞかせることで、素朴な質感を楽しむことができます。この仕上がり感についても、壁土の色と同じく、試し塗りをしながら確認をしていきました。
左官作業は、三名の左官職人にお願いをしました。いずれも技術の高いベテランです。今回の仕上げは、前述のすさがのぞく質感とともに、少しだけ左官鏝(こて)の跡が残るのがイメージでした。そのため、本来であれば鏝の跡が残らないよう滑らかに仕上げるのが左官職人の技の見せどころなのに、「少しだけ鏝の跡が残る」さらに「建物全体を同じ感じで」は、逆に技術的に難しいお願いでもありました。
こうして仕上がった左官壁は自然素材を使った手仕事ならではの質感と味わいを感じさせてくれます。
ここからは、完成した邸宅をご紹介します。
玄関には物語を
栗の一枚板でできた名栗(なぐり:木材の板や角材に独特の削り痕を残す表面加工)仕上げの式台を備えた玄関空間には、唐紙(からかみ)のふすまを。唐紙とは、中国から渡来した紙、もしくはそれを模して作られた紙のことで、京都がその発祥の地です。唐紙の模様は版木を使って刷られますが、その模様ひとつひとつに意味があり、また、模様を選ぶのにも理由があると言われます。
玄関には、松葉の模様の唐紙を選んでいます。そして、ふすまの引手は梅の花をかたどったものにし、さらに鴨居には竹をあしらうことで、めでたい「松竹梅」を集めた空間となっています。
階段はあえて無塗装に
もともと、お客様のご要望としては、室内の色は京町家などをイメージした黒を基調にしたものでした。しかし、今回新たに設けた檜の無垢板で作った階段は、檜の美しい木目を活かすためにあえて無塗装の白木のままを提案、お客様にご理解をいただきました。
なお、この階段は檜の板を組み合わせて作っており、釘は1本も使用していません。昇り降りに使われるためガタつきは許されず、また、荷重に対する耐久性も必要なため、加工には細心の注意を払いました。
リビングは庭を眺める落ち着いた空間に
リビングルームのふすまの色はトーンを抑えた「利休鼠」にすることで落ち着いた空間としました。対象的に、室内の東側には4m×2.2mのペアガラスの特注フィックス窓を設置。窓の向こう側に広がる庭と、その先の東山の借景を額縁のように切り取り演出してくれます。土間リビングの天井が外の軒とつながっているため、角度によってはガラスが入っていないようにも見えます。
さらに、窓際はリビングの床面から一段と落とした「土間リビング」になっています。これらは京都の俵屋旅館の「翠の間」に感動を覚えた設計士からの提案です。リビングとは目線の位置が異なり、また地面に近づくことで、新鮮な気持ちで庭の景色を眺めることができます。
また、フィックス窓両側の壁は丸窓のようにくり抜かれた特徴的な形状の垂れ壁にすることで、垂直と水平の直線だけで構成された空間に大きな曲線によるダイナミックな動きを与えています。
リビングに設けた床の間の床柱は、絞り丸太の4面をあえて削り落とし、角にわずかだけ絞りの跡を残すことで、緊張感のある空間となっています。
寝室は梁をあらわしで
2階の寝室の天井は、この家でもともと使われていた太い梁をあらわしにした、おおらかな空間にしました。屋根にも断熱施工をしているため、冬の冷気や夏の暑さが寝室に伝わることはありません。
錆丸太と杉の鴨居、そして唐紙の色のコントラストはデザイン的な遊びの要素です。
トイレにも遊び心を
トイレにもさまざまな造作を試みました。手洗いボウルのあるカウンターは皮付き栗材の無垢板です。天井は竹を編んだ網代(あじろ)天井に、また壁のコーナーには黒竹を配置するなど、ちょっとしたひとときを飽きさせない工夫をしています。
施主様の理解があってこそ実現したデザイン
今回のリノベーションは、古い日本家屋や茶室などの厳密なフォーマットに基づいたものではなく、日本の家づくりが過去からずっと大切にしてきた技術や素材にあらためてスポットをあてたいと考え、現代的な再解釈を加味したものです。技術や素材の新たな用途や表現の提案、そしてさまざまなストーリーをそこかしこに埋め込んだ、創造にあふれたリノベーションでもあります。
このようなチャレンジも、施主様のご理解と遊び心があって初めて実現できたものと思い感謝をしています。特に、建築の途中からは中間報告をあえて遮断し、「完成するのを楽しみにしている」と言われたときにはかなりのプレッシャーを感じました。しかし、お披露目のとき、とても喜んでいただいた姿を拝見し、その緊張感から一気に開放された気持ちはいまだに忘れられません。
最後に、この邸宅は意図したものを形にしてくれた大工や職人たちの技があってはじめて実現できたものです。デジタル技術の普及で図面や写真はいくらでも手に入りますが、それを作ることができる大工や職人がいなくては、絵に描いた餅に終わってしまいます。「日本の家づくり技術を継承し、人材をどう育成していくか」もまた、これからの工務店に課せられたテーマであると考えています。