ご主人の母方のご祖父母がお住まいだった築80年超の京町家をリノベーションして、東京から移住されたO様ご家族。背景には、時代の変化とこの家に対するご家族の深い思い入れがありました。
リノベーション着手までは思いのほか難航
聞き手:リノベーションのきっかけを教えていただけますか。
Oさま:新型コロナウイルスの感染対策で、勤めている会社がリモート勤務メインになったのがきっかけのひとつです。当時は東京のオフィスに勤務していたのですが、必ずしも東京にいる必要がなくなったこと、また、自分の人生計画的にも、ずっと東京にいるつもりもなかったので、高校生時代まで過ごした京都に戻ろうかと考え始めました。
その一方で、私の母や母の姉、もちろん私もたくさんの思い出があったこの家が、しばらくのあいだ誰も住まうことなく、年末年始に親族が集う場所としてしか使われていなかったことも、心のどこかに引っかかってもいました。
聞き手:それで、ご自身でリノベーションして暮らそうかと
Oさま:幸いにも会社の拠点が大阪にもあり、そちらへの転勤を希望できたことも大きかったですね。また、関東地方以外に暮らしたことがなかった妻が京都に移住することに対して、子育て環境のよさや自然が多いなど、前向きにとらえてくれたことも後押しになりました。
聞き手:リノベーションはどのようにスタートされましたか
Oさま:インターネットの検索で工務店を探しました。京町家や古民家のリノベーション実績のある工務店をピックアップし、3〜4社に連絡したのですが、その半数には断られてしまいました。工事の難しさや予算が合わないというのが理由です。
そのような中、中藏さんからは「検討してみましょう」と前向きな返事をいただき、さっそく建物の現状を調査してもらうことになりました。ただ、他の工務店が難色を示すようなリノベーションをどのように進めていくかには、かなり悩まれたかと想像します。
聞き手:スケジュールや費用については
Oさま:東京から大阪へ転勤するタイミング、東京で住んでいたマンションを売却するタイミング、そして子どもの幼稚園入園のタイミング、そこに工事スケジュールを合わせるのは、かなり際どいものでした。
そして、さらに大変だったのが銀行の融資です。いくつかの条件が住宅ローンの審査をクリアできそうにないと、当初予定をしていた銀行が難色を示したのです。幸いにも京町家のリノベーションへの融資実績の多い銀行を中藏さんに紹介してもらい、なんとか乗り切ることができました。
良いものはできるだけ残して
聞き手:リノベーションにあたってのご要望はどのようなものでしたか
Oさま:外観は京町家の風情を残して欲しいこと。また、玄関や茶室、階段、坪庭、建具なども中藏さんと相談の上、可能な限り元々の状態で残すことにしました。逆にリビングルームやキッチンは、現代のライフスタイルに適合するようにしてもらってます。キッチンはリビングを見渡すことができる、カウンターのあるオープンキッチンに。また、リビングのテーブルは、親族が集まることができる大きな掘りごたつになっています。
ポイントは、昔のままの玄関からリビングに入った時に違和感を感じず、自然なつながりを持たせることでした。そのため、柱や床の色を以前からあるものに合わせるなどの工夫をしてもらいました。
聞き手:リビングルームの天井は吹き抜けになっていますね
Oさま:身長が高く、昔の家の天井高ではどうしても圧迫感を感じるため、吹き抜けにしてもらいました。中藏さんがリノベーションを手掛けた京町家旅館「藏や」や、町家をリノベーションしたショップの空間づくりなども参考に。私の仕事部屋は2階にあるのですが、吹き抜けがあることで1階のリビングやキッチンにいる家族の気配を感じられるのも良いですね。
聞き手:そのままの状態で残されたお茶室は美しく趣がありますね
Oさま:祖母や母などがお稽古で使ってきました。高校生のとき茶道部だった私の妹が正月に帰省した際にお茶を点ててくれることもあります。お道具も一揃いあるので、そのうち夫婦でお稽古をしてみようかと相談しています。また、幼稚園に通っている娘も、茶道には興味があるようなので、できれば一緒にとも。
温熱環境も大きく改善
聞き手:「夏は暑く、冬は寒い」と言われる京町家ですが、改善はされましたか?
Oさま:リノベーションにあたっては、基礎から手を入れてもらいました。地面においた石の上に柱がのる「束石立て」だった基礎は、耐震性を考慮してコンクリートで固めてベタ基礎にした上で、基礎断熱を施工。また、壁と屋根も吹付けウレタンによる断熱施工をしてもらいました。新築の住宅と同様の断熱施工とのことです。これにより、真冬でも寒さを感じることなく、一年を通して快適に過ごせています。
リノベーションには金額に表せない価値がある
聞き手:リノベーション全体を通してのご感想を
Oさま:私の母をはじめ、多く人の思い出の詰まったこの家に、新たな生命を吹き込んで残せたことがなによりも良かったです。進学して京都を出るまでは、私にとってあまりにも日常すぎて何の価値も感じていなかった京都の町ですが、東京に暮らしてこの場所のありがたさをはじめて感じています。
また、大学で建築を専攻し、ヨーロッパの古い町並みの保存に興味を持っていた自分が、故郷の京都で歴史的な景観を保つことに微力ながら関われたこともうれしく思っています。
リノベーションの費用は、建替えと比べて格段に安くなった訳ではありません。しかし、金額として表現できないリノベーションによる価値の創出はとても大きかったと考えています。
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80年の歴史を持つ京町家が、現代の技術とOさま家族の愛情によって新たな姿で蘇りました。この家は、これからも時を超えて、新たな思い出を紡いでいくことでしょう。
そして、Oさまのお話は、単なる家のリノベーションの話ではありません。それは、過去の記憶を大切にしながら、現在の生活に適応させていく私たちの仕事そのものを映し出しているともいえます。