くたびれた家は好きになれない
ずっと同じ家に住み続けていくことにおいて大切なのは「愛着が続くこと」です。愛着が薄れていくとメンテナンスや手入れが次第に疎かになり、住宅の老朽化も進んでしまいます。そして、結果的にその家を手放して住み替えたり、建て替えをすることになります。これは「ロングライフな住宅づくり」とは言えません。
できることなら、住めば住むほど好きになるような家にしたいものです。しかし、経年変化によりどこかくたびれた感じになってしまった家を好きになれと言われても難しいものです。
「古美る」という考え方
逆に、時を経るほどに美しくなるような家であれば、愛着を持って住み続けることができるかもしれません。そんな家ってあるのでしょうか?
建築家の使う言葉の中に「古美る(ふるびる)」というものがあります。時間の経過とともに、素材の内部にあった本質的な美しさが表れてくるという考え方です。この言葉は、京都出身の建築家である出江 寛(いずえ かん)氏が提唱したといわれています。「年を経てふるくなる。ふるい感じがするようになる」という意味の「古びる」ということばに「美」を加えることで、経時的に表情を変えて美しくなっていく質感、あるいは、それを美しいと感じる人間の感性を表現したものです。
古美るは、人の手によって生まれるものではありません。素材がもともと持っていたポテンシャルが時を経ることで正直に表に出てくることだと出江氏は述べています。また、千利休の師である武野紹鴎が侘びについて「正直で慎み深く奢らぬ様をいう」と説いたように、日本人の精神の本質にも通づるとも解説されています。たとえば、数百年前に建てられた寺社仏閣や古民家を見た時に、全体の造形美もさることながら、近づいた時に目にする、コンクリートやステンレスでは感じることのできない深い質感をなんとも美しいと感じる完成です。
そして、住宅でも公共建築でも、古美るように作ることでスクラップ・アンド・ビルドを繰り返す必要がなくなり、これこそ経済の低成長期にふさわしい建築の考え方だとも述べています。
古美る家の作り方
数十年にわたって愛着をもって暮らすことができる「古美る家」はどうやって作れば良いのでしょうか? いくつかの部位に分けて考えてみましょう。
屋根
瓦は土を原材料とし屋根材として古くから使われてきました。寺院や京町家の屋根はほとんどが瓦葺きで、その多くは「いぶし瓦」です。いぶし瓦は釉薬をかけて焼く瓦と異なり、焼く工程でいぶして炭素皮膜を作ることにより、にぶい銀色になります。そして、時を経ることで次第に皮膜が剥がれて、時に色ムラのある落ち着いた色合いになっていきます。京都のまち並みを上から見下ろすと、歴史を経た瓦のグラデーションが景観に深みを与えてくれるのはこのためです。ちなみに、日本瓦の耐用年数は、50年から100年といわれます。
瓦と並んで耐久性に優れるのが銅板屋根です。メンテナンスをしなくても60年以上は屋根材の交換が不要とも言われます。ちなみに、同じ金属素材であり、現在の住宅建築で多く使われているガルバリウム屋根は、10年に1度のメンテナンスを行ったとしても、30〜40年後には屋根材の交換が必要と言われていますから、銅板屋根の耐久性がいかに優れているかがわかると思います。
また、施工時こそ新品の十円硬貨のような色をしていますが、次第に褐色に、そして味わいのある緑青(ろくしょう)色へと変化していくのも特徴です。さらに、軽量であるため、地震時に建物にかかる力を少なくできるという安全面でのメリットもあります。
逆に、銅板屋根の弱点は価格です。耐久性を優先した寺社仏閣の建築に用いられることこそあれ、ガルバリウム屋根の3倍以上という価格のため、住宅建築に用いられることは少なく、なかなか普及しません。そのため、職人さんの数も限られています。しかし、この価格さえクリアできれば、ロングライフな住宅を考える時にベストな屋根素材は銅板であることは間違いありません。
外壁
現在の住宅建築のほとんどの外壁は、樹脂または窯業系のサイディング材が使われています。デザインの好みもありますが、経年変化で美しさが表れてくる素材とは残念ながら言えません。また目地の劣化の問題もあります。
古美るという点でおすすめなのは「板張り」の外壁です。「今の時代に板?」と驚かれる方もいらっしゃるでしょうが、軒を深くして雨が直接かからにようにして、適切な乾燥状態を上手に保つことができれば、とても長持ちする外壁材です。また、万が一、部分的に割れや腐れが生じても、その部分だけを取り替えられるのが板張りのメリットです。材料も、サイディング材と異なり商品が廃番になることはなく、永久に手に入れることができます。
外壁の板張りに多く使われるのはスギ材です。そのまま使うこともありますが、自然系の塗料で塗装して表面を保護したり、風合いを変えたりする場合もあります。また、表面を火で焼いて炭化させ耐久性を高めた「焼杉材」にする場合もあります。焼杉の外壁は、メンテナンス無しで100年以上持つとも言われています。また、黒い外観もシブくて特徴的です。
内装
内装は、普段から目にしたり、直接手が触れる場所なので、より質感を大切にしたい場所です。ただし、特別なことをする必要はありません。ただ単に「本物」を使えばよいだけです。
いまは建材の商品開発が進み、銘木のような合板や、左官壁のようなビニールクロス、自然石のようなプラスチックで内装を整えることも可能です。しかし、それらは新品時こそ体裁を保ってはいるものの、時間が経つほどに安っぽさを露呈していきます。そして、それらを目にするたびに、家への愛着は萎えていきます。
その点、無垢材の床、土や漆喰を材料とした左官壁、自然石やレンガ、そして建具の取手や金具も真鍮などあえて古美る部品を使った内装は、毎日の生活によって少しずつ磨かれ、深みを持った美しさを醸し出していきます。イメージするとすれば、「本物」の材料で家の内装を仕上げたとするならば、現在目にすることができる明治〜昭和初期に建てられた建築の質感が、50年後、100年後のあなたの家の姿となるのです。
あなたが暮らしたい家はどちらですか?
勘違いをしていただきたくないのは、私たちが「高価な材料を使って家づくりをしましょう」と言っている訳ではないことです。愛着を持ちながら丁寧に手入れをして長く使い続けられる家は、十数年後にメッキが剥がれてくたびれた印象を一新するためのリフォームの必要もなく、結局はお得になるということです。また、ずっと愛着の湧く家に暮らすわけですから、毎日の暮らしの充実度も高まるのではないでしょうか。
もし、古美るを経験したいのであれば、完成した瞬間の綺麗さを考えるのではなく、数十年後にこの家がどうなっているかを想像することです。そうすれば、新築時に何をしておくべきかが自ずと見えてきます。幸いにも、私たちの暮らす京都は歴史的な建築物や京町家、古い日本家屋をリノベーションした施設が多く、古美る家のお手本の宝庫と言えます。お時間のある時に、これらを巡って「古美るわが家」をイメージしてみてはいかがでしょうか?